と立上った事であった。
その悲惨そのものとも形容すべき候補生の不動の姿勢を、軍医大佐は怒気満面という態度で見下しながら宣告した。
「……ヨシ……俺に跟《つ》いて歩いて来い。骨が砕けていないから歩いて来られる筈だ。クラデル君……君も一緒に来てみたまえ。研究になるから……」
「……ハッ小官《わたくし》は今すこし負傷兵を片付けましてから……」
「まあいい。ほかの連中がどうにか片付けるじゃろう。……来てみたまえ。吾々軍医《われわれ》以外の独逸国民が誰も知らない戦争の裡面を見せて上げる。独逸軍の強い理由がわかる重大な秘密だ。君のような純情な軍医には一度、見せておく必要がある。……これは命令だ……」
「……ハッ……」
と答えて私は不動の姿勢を取った。
軍医大佐はそうした私の眼の前に、苦酸《にがず》っぱいような、何ともいえない神秘的なような冷笑の幻影を残しながらパチンと携帯電燈の光りを消した。佩剣《はいけん》の※[#「木+霸」、第3水準1−86−28]《つか》をガチャリと背後に廻して、悠々と白樺の林の外へ歩き出した。
その背後から候補生が、絶大の苦痛に価する一歩一歩を引摺《ひきず》り始めた。
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