の死体を、裏の古井戸に投込んでいるかわからない……。
……この女はトテも私には我慢出来ない一つの深刻な悪夢である。……と同時に社会的にも、一つの尖鋭を極めた悪夢的存在でなければならぬ……。
……と……そんなような考えを凝視《ぎょうし》しいしい、台所の暗いところと向き合って、眼を一パイに見開いている私の背後から、虎の門のカーブを回る終電車の軋《きし》りが、遠く遠く、長く長く響いて来た。
私はゾーッとして思わず額の生汗《なまあせ》を撫であげた。見ると彼女はイツの間にか猫の死骸を……それは生きたままであったかも知れない……井戸の中に投込んでしまったらしく、寝床の中の電気こたつ[#「こたつ」に傍点]に暖まりながら、気持ちよさそうに眼を閉じているのであった。
私が彼女を殺さねばならぬ運命をマザマザと感じたのは実にその瞬間であった。……と同時に、その運命がみるみる不可抗的に大きな魅力となって、ヒシヒシと私を取り囲んで、息も吐《つ》かれぬ位グングンと私を誘惑し始めたのも、実にその寝顔を見下した次の瞬間からであった。
……この悪夢をこの世から抹殺し得るものは、この世に一人しか居ない。ここに突
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