っ立っている私タッタ一人しか居ない。……この女を殺すのは私の使命である。
 ……否《いな》。否《いな》。この女は私と初対面の時から、こうなるべく運命づけられていたのだ。……その証拠にこの女はこの通り、絶対に安全な犯罪を私に遂《と》げさせるべく、自ら進んでここに来ているではないか……そうしてこの通りジッと眼を閉じて、私の手にかかるべく絶好の機会を作りつつ、待っているではないか。
 ……私は彼女の死体をここに寝かして、電燈を消して、いつもの時間通りに下宿に帰ればいいのだ。何も知らずに眠ってしまえばいいのだ。そうして明日《あす》の晩から又、以前《もと》の通りの散歩を繰返せばいいのだ。
 ……運命……そうだ……運命に違い無い……これが彼女の……。
 こんな風に考えまわしてくるうちに私は耳の中がシイ――ンとなるほど冷静になって来た。そうしてその冷静な脳髄で、一切の成行きを電光のように考えつくすと、何の躊躇《ちゅうちょ》もなく彼女の枕許にひざまずいて、四五日前、冗談にやってみた通りに、手袋のままの両手を、彼女のぬくぬくした咽喉《のど》首へかけながら、少しばかり押えつけてみた。むろんまだ冗談のつもり
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