いた私は突然、脱兎《だっと》のように若い刑事の横をスリ抜けて、二階廊下の欄干《てすり》に片足をかけて飛び降りようとした。無論、自殺の恰好で……それを若い刑事にシッカリと抱き止められると、そのまま両手の手錠を、眼の前の欄干《らんかん》へ砕けよと打ち付けながら、泣き声を振り絞って絶叫した。
「……嘘です……嘘です……間違いです……この手錠を取って下さいッ……冤罪《えんざい》です。僕は無罪です。……僕はあの女を知ってます。けども関係はありません。どこに居るかさえ知らなかった……僕は……僕は毎晩十二時に社を出て二時キッカリに下宿へ帰って来るのです。ずっと前から……そうなんです……二三年前から……手錠を取って下さい。この手錠を……僕はテニスしに行くんです。天気がいいから……エエッ放して……放してエ――ッ」
 しかしボールとテニスで鍛えた私の体力も、三人の刑事には敵《かな》わなかった。これも無論、最初から知れ切った事であったが、しかし法廷で知らぬ存ぜぬを押し通すためには、その準備行動として、是非とも一度、徹底的に暴れておかねばならぬと思ったので……それからモウ一つには同宿の連中や、近所隣りの家族た
前へ 次へ
全32ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング