ている私の方針を考えて、思わず微笑したくなった私であった。
しかし私は、そんな気《け》ぶりを色に出すようなヘマはしなかった。そんな甘口に引っかかって一寸《ちょっと》でも躊躇したら、その躊躇がそのまま「有罪の証拠」になる事を逸早《いちはや》く頭に閃《ひら》めかした私は、老刑事の言葉が終るか終らないかに、憤然として云い放った。
「……駄目です。冗談は止して下さい……僕を引っぱったら君等の面目は立つかも知れないが、僕の面目はどうなるんです。面目ばかりじゃない、飯の喰い上げになるじゃないですか。厚顔無恥にも程がある。……失敬な……退《ど》き給え……」
と大声で怒り付けながら、老刑事を突き退《の》けて裏口の階段の方へ行こうとしたが、この時の私の腹の工合は、吾《わ》れながら真に迫った傑作であったと思う。老刑事のネチネチした老獪《ずる》い手段が、ホントウに自烈度《じれった》くて腹が立っていたのだから……。
しかし、こうした私の行動が、滅多に無事に通過しないであろう事は、私もよく知っていた。
老刑事は私が思っていたよりも強い力で、素早く私の肩を押えて引き戻した。そうしてラケットと靴を持った両手
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