いとわからない……。
と考えながら裏口の階段に続く廊下を、もしやと疑いながら曲り込むと、果してそこに立っていた……張り込んでいたに違い無いAという、やはり警視庁の老刑事にバッタリと行き合ってしまった。
私はその時にハッと眼を丸くして立ち竦《すく》んだ……ように思う。何故《なぜ》かというとこのAという老刑事が出て来る事は、殆《ほと》んど十中八九まで確定した犯人を逮捕する時にきまっていたのだから……そうしてあの晩見た、鏡の中の自分の姿を、その瞬間にチラリと思い浮かべたように思ったから……。
A刑事はゴマ塩の無性髭《ぶしょうひげ》を撫でながらニッコリと笑った。
「……ヤア……早くから……どこへ行くかね……」
私は二三度眼をパチパチさせた。すぐに笑い出しながら、何か巧《うま》い弁解をしようと思ったが、その一刹那に又も、鏡の中の自分の姿が、眼の前に立ち塞《ふさ》がったような気がしたので、思わずラケットを持った手で両方の眼をこすってしまった。
「……エ……エ……そのチョット……」
私は吾《わ》れながら芝居の拙《まず》いのに気が付いた。腋の下から冷汗がポタポタと滴《したた》り落ちるのがわか
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