った。老刑事も無論、私のいつに無いウロタエ方に気が付いたらしい。心持ち顔の筋肉を緊張させながらニッコリと笑った。
「チョットどこへ」
「テニスをしに行くんです……約束がありますから……」
 老刑事は悠々と私を見上げ見下した。相かわらず顎《あご》を撫でまわしながら……。
「……フ――ン……どこのコートへ……」
 私はここでヤット笑う事が出来た。ドンナ笑い顔だったか知らないけど……。
「日比谷のコートです……しかし何か御用ですか」
「ウン……チョット来てもらいたい事があったからね」
「僕にですか」
「ウン……大した用じゃないと思うが……」
「そうじゃないでしょう……何か僕に嫌疑をかけているのでしょう」
 ……平生の通りズバズバ遣《や》るに限る……と予《かね》てから覚悟していた決心が、この時にヤット付いた私は、思い切ってそう云ってやった。すると果して老刑事の微笑が見る間に苦笑に変って行った。かなり面喰ったらしい。
「そ……そんな事じゃないよ。君は新聞社の人間じゃないか」
 私は腹の中で凱歌《がいか》をあげた。ここでこの刑事を憤《おこ》らして、遮二無二《しゃにむに》私を捕縛さしてしまえばいよい
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