の紐を解く事が出来た。それから、いつもの足どりで、うつむき勝ちに階段を昇ったが、それは吾《わ》れながら感心するくらい平気な……ねむたそうな跫音《あしおと》となって、深夜の階上と階下に響いた。
……もう大丈夫だ。何一つ手ぬかりは無い。あとは階段の上の取っ付きの自分の室《へや》に這入《はい》って、いつもの通りにバットを一本吹かしてから蒲団《ふとん》を引っかぶって睡ればいいのだ。……何もかも忘れて……。
そんな事を考え考え幅広い階段を半分ほど昇って、そこから直角に右へ折れ曲る処に在る、一間四方ばかりの板張りの上まで来ると、そこで平生《いつも》の習慣が出たのであろう、何の気もなく顔を上げたが……私は思わずハッとした。モウすこしで声を立てるところであったかも知れなかった。
……「私」が「私」と向い合って突立っているのであった……板張りの正面の壁に嵌《は》め込まれた等身大の鏡の中に、階段の向うから上って来たに違い無い私が、頭の上の黄色い十|燭《しょく》の電燈に照らされながら立ち止まって私をジッと凝視しているのであった。……蒼白い……いかにも平気らしい……それでいて、どことなく犯人らしい冴え返
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