った顔色をして……底の底まで緊張した、空虚な瞳《め》を据えて……。
「この鏡の事は全く予想していなかった」……と気付くと同時に私は、私の全神経が思いがけなくクラクラとなるのを感じた。私の完全な犯行をタッタ今まで保証して、支持して来てくれた一切のものが、私の背後で突然ガランガランガランガランと崩壊《ほうかい》して行く音を聞いたように思った。……同時に、逃げるように横の階段を飛び上って、廊下の取っ付きの自分の室《へや》に転がり込んで行く、自分自身を感じたように思った……が、間もなく、その次の瞬間には、もとの通りに固くなって、板張りの真中に棒立ちになったまま鏡と向い合っている自分自身を発見した。……自分自身に、自分自身を見透《みす》かされたような、狼狽《ろうばい》した気持ちのまま……。
するとその時に、鏡の中の私が、その黒い、鋭い眼つきでもって、私にハッキリとこう命令した。
「お前はソンナに凝然《じっ》と突立っていてはいけないのだぞ。今夜に限ってこの鏡の前で、そんな風に特別な素振をするのは、非常な危険に身を晒《さら》す事になるのだぞ。一秒|躊躇《ちゅうちょ》すれば一秒だけ余計に「自分が犯人
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