、クローム色の星空の下で、あるか無いかの風にヒラリヒラリと動いているばかりであった。
 すべてが私の予想通りに完全無欠で、且《か》つ理想的であった。「完全なる犯罪」を実行し得る無上の一|刹那《せつな》を、私のために作り出してくれた天地万象が、どこまでも私のアタマのヨサを保証すべく、私の註文通りに動いているかのようであった。こころみに下宿の門口《かどぐち》に立ち止まって、軒燈《けんとう》の光りで腕時計を照してみると、いつも帰って来る時間と一分も違っていなかった。
 ……彼女はモウ、これで完全に過去の存在として私の記憶の世界から流れ去ってしまったのだ。そうして私はこれから後《のち》、当分の間、毎晩その通りの散歩を繰返せばいいのだ。あの空家で彼女と媾曳《あいびき》することだけを抜きにして……。
 そう思い思い私は下宿の表口の呼鈴《よびりん》を押して、閂《かんぬき》を外《はず》してくれた寝ぼけ顔の女中に挨拶をした。いつもの通りに「ありがとう……お休み」……と……。その時に、帳場の上にかかった柱時計が、カッタルそうに二時を打った。
 その時計の音を耳にしながら私は、神経の端の端までも整然として靴
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