橋の煙草店まで引払い、子安の妹田農場の専属運転手となった。そうしてその中《うち》に、だんだんと園芸の方へ頭が傾いて来たらしく、農場内の自宅の庭へ苺《いちご》や胡瓜《きゅうり》の小さな温床《フレーム》を造ったり、屋根一面に南瓜《かぼちゃ》の蔓《つる》を這わしたりして肥料《こやし》の異臭《におい》を着物まで沁《し》み込まして喜んでいた。……今にどこかで小さな土地を買って速成栽培でも遣ろうか。毛唐相手にすれば苺一粒が十二銭……胡瓜一本が三十銭もするんだから……などと妻のツル子へ相談することがあった。
しかしツル子は極力不賛成を唱えた。折角油の異臭《におい》に慣れたところに、肥料《こやし》のにおいなんか押し付けられちゃ、たまらない……なぞと我儘を突張《つっぱ》った。無理にも亭主に運転手稼業を止めさせまいとした。
ツル子と戸若の関係は切れていないのであった。結局蟹口がどうしても農業に転向するものと見込をつけた姦夫姦婦は、蟹口が汗を絞った貯金二千余円を捲上げる計劃を立てた。
戸若は一昨昭和七年の十二月の初めの或る夕方、日が暮れると直ぐに、蟹口の留守宅に忍び入り、ツル子を細帯で縛り上げ、猿轡《
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