…………」
黙って考え込んでいた戸若運転手は、やがてゴックリと一つ大きくうなずいた。何事か決心したらしく深いため息をして顔を上げた。昂奮したらしく眼を光らして乾燥《かわ》いた唇を嘗《な》めた。
「……ハイ。実は殺されるのが恐ろしゅう御座いましたので……」
「……ナニ……殺される……」
交通巡査はビックリしたようにロイド眼鏡をかけ直し、腕章を上の方へ押上げた。
「フーム。妙な事を云うのう。ヘッド・ライトを消やせば何故、殺されるんか……お前アタマがどうかしとらせんか」
戸若運転手は眼をしばたたいた。気の弱い男らしく泪《なみだ》を一パイに溜めると、机の向側の端に両手を突いて頭を下げた。
「ヘイ、恐れ入ります。私はモウすっかり前非後悔をしております。何も彼《か》も白状致します」
「フーム。白状するちうて何か悪い事でもしたんか」
「ヘエ。私は大罪人です。姦通《まおとこ》と泥棒《ぬすっと》の二重の大罪人です。それを知っている者は、あの惨死しました蟹口さんだけです。蟹口さんは私から、女と二千円の金を盗まれたまま、黙っていてくれたのです。しかしあの恐ろしい死顔を見たら迷《まよい》の夢が醒めました
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