志が眩しくて危険なために消し合うのが一つの不文律、兼、仁義《あいさつ》みたようになっているのであるが、しかし、たとい相手がヘッド・ライトを消さなかったにしてもコースの不安定な自転車ならばイザ知らず、慣れた運転手ならば眩しい方向に吸い寄せられてブッツケ合うようなヘマをする気遣いは先《ま》ずないといってもいいので、その点に就いて川崎署の交通巡査はチョッとした不審を起したらしい。傷の手当が済んで元気を恢復した大型トラックの運転手、戸若市松を巡査部長室に連れ込んで、その当時の模様を今一度聞いてみた。
「相手は、お前の車のヘッド・ライトが眩しいためにハンドルを誤ったんだな」
「……ヘエ……」
戸若運転手は何故か返事を躊躇した。青白い魘《おび》えたような眼付きで交通巡査の顔を見た。
「どうかね。衝突の原因について、ほかに心当りはないんか。ええ?」
「……ヘエ……」
活動俳優みたような好男子の戸若運転手は、無粋な恰好に巻いた頭の繃帯をうなだれた。
「免状を見るとお前は、かなり古い運転手やないか」
「……ヘエ……」
「どうしてヘッド・ライトを消さなかったんか。別に咎《とが》める訳じゃないが」
「…
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