搬すべく、交通の少い夜半に同国道を往復していたもので、損害といってはヘッド・ライトと機械を打壊《うちこわ》し、前部右車軸を押し歪《ゆが》めて運転不能に陥り、運転手、戸若市松《とわかいちまつ》(二十九)は硝子《ガラス》の破片による前額部の裂傷、治療一週間を負うて一時失神、同乗の助手と材木仲仕の二人が、顔面や胸部に治療二三週間の打撲傷を負うて、同じく一時失神しただけであった。
 衝突の原因は小型シボレーの牛乳|車《トラック》がヘッド・ライトを消したのに対して、大型ビックの材木トラックの運転手戸若市松が、ヘッド・ライトを消さなかったため、牛乳|車《トラック》の運転手、蟹口が、眼を眩《くら》まされてハンドルを過《あやま》ったらしい事が、その朝になって意識を回復した同乗者、材木仲仕某の言によって判明した……というだけで新聞記者は皆満足して記事を作上《つくりあ》げて帰った……が、しかし若いロイド眼鏡をかけた交通巡査は、記者たちにそう説明しながらも何となく腑に落ちない点があるように思った。
 交通規則の中に、夜間、自動車同志がスレ違った時にヘッド・ライトを消すべしという箇条は別にない。ただ、お互い同
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