…。
 ……そうした判断の不可能な事を考え合せると、その恐怖、不安、戦慄が更に更に神秘数層倍されて来るのであった。
 彼は思わず今一度ゾッとして身体を縮めた。パッチリと眼を見開いて、静かに振返ってみると花嫁の初枝は、夜具の襟に顔を埋めてスヤスヤと眠っているようである。
 彼は極めて注意深くソロソロと夜具を脱け出した。枕元の障子をすこしずつすこしずつ音を立てないように開けて廊下に出て、足音を窃《ぬす》み窃み渡殿《わたりどの》伝いに母屋《おもや》の様子を窺った。
 家中が森閑《しんかん》と寝静まって給仕人の足音も途絶えている。勝手の方の灯も消えてしまって、ただ奥座敷に寝ているらしい伝六郎の寝言《ねごと》とも歌とも附かぬグウダラな呆《ぼ》け声が聞えている……その声を聞き聞き彼は真暗な中廊下を抜けて、玄関脇の薬局の扉を開いた。
 薬局の三方|硝子《ガラス》窓の外は雪のように輝やいていた。西に傾いて一段と冴え返った満月に眩しく照らされた巴旦杏《はたんきょう》の花が、鉛色の影を大地一面に漂《ただよ》わしていた。
 中央の調薬台の前に立った彼は恍惚としてその白い光りに見惚《みと》れていた。そうして今
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