けたのはこの村の助役で、村一番の大酒飲の黒山伝六郎であった。見るからに血色のいい禿頭《はげあたま》の大入道で、澄夫の膳の向うに大胡座《おおあぐら》をかいた武者振は堂々たるものであったが、袴の腰板を尻の下に敷いているので、花嫁の初枝が気が附くと真赤になって下を向いた。
 澄夫は恭《うやうや》しく大盃を押戴《おしいただ》いたが、伝六郎が在合《ありあ》う熱燗《あつかん》を丸三本分|逆様《さかさま》にしたので、飲み悩んだらしく下に置いて口を拭いた。
 伝六郎は両肱を張って眼を据えた。座敷中に響き渡る野天声《のてんごえ》を出した。
「なあ若先生。イヤサ澄夫先生。惚れとるのは花嫁御ばかりじゃないばい。村中の娘が総体に惚れとる。俺でも惚れとる。なあ。この村で初めての学士様じゃもの。しかも優等の銀時計様ちうたら日本にたった一人じゃもの……なあ。学問ばっかりじゃない。テニスとかペニスとかいうものは学校でも一番のチャンポンとかチンポンとかいう位じゃげな」
 仲人の郡医師会長夫妻と、頓野老夫婦と、新郎新婦が、腹を抱えて笑い出した。下座の方の若い連中が又続いて大声でゲラゲラ笑い初めたので、伝六郎はその方に入道
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