座敷であった。
縁側の障子際《しょうじぎわ》に坐っている仲人役の栗野博士夫妻は最前から頻《しき》りに気を揉《も》んで、新郎新婦に席を外《はず》させようとしていたが、田舎の風俗に慣れない新郎の澄夫が、モジモジしている癖にナカナカ立ちそうになかった。やっと立上りそうな腰構えになると又も、盃を頂戴《ちょうだい》に来る者がいるので又も尻を落付けなければならなかった。そうして、やっと盃が絶えた機会を見計《みはから》って本気に立上ろうとしたところへ、今一度前と違った奇怪な叫び声が聞こえたので、又もペタリと腰を卸《おろ》したのであった。
「アワアワアワ……エベエベ……エベ……」
「何じゃい。アレ唖《おし》ヤンの声じゃないかい」
「唖ヤンの非人が何か貰いに来とるんじゃろ」
「ウン。お玄関の方角じゃ」
「ああ、ビックリした。俺はまた生きた猿の皮を剥《は》ぎよるのかと思うた」
「……シッ……猿ナンチ事云うなよ」
そんな会話を打消すように末席から一人の巨漢が立上って来た。
「なあ花婿どん。イヤサ若先生。花嫁御《はなよめご》はシッカリあんたに惚れて御座るばい」
そう云ううちに新郎の前へ一升入の大盃を差突
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