耳を傾けていた。山中《やまじゅう》の静けさがヒシヒシと身に泌《し》み透るのを感じていた。
 突然、鳥とも獣《けだもの》とも附かぬ奇妙な声がケタタマシク彼を驚ろかした。
「ケケケケケケケケケ……」
 彼はビックリして眼を見開いた。彼は山の中の空地の一端に佇《たたず》んでいたのであった。
 そこは巨大な楠や榎に囲まれた丘陵の上の空地であった。この村の昔の名主の屋敷|趾《あと》で、かなりに広い平地一面に低い小笹がザワザワと生え覆《かぶ》さっている。その向うの片隅に屋根が草だらけになって、白壁がボロボロになった土蔵が一戸前、朽ち残っていた。
 その倉庫の二階の櫺子《れんじ》窓から白い手が出て一心に彼をさし招いている。その手の陰に、凄い程白く塗った若い女の顔と、気味の悪い程赤い唇と、神々《こうごう》しいくらい純真に輝く瞳と、額に乱れかかった夥《おびただ》しい髪毛が見えた。それが窓から挿《さ》し込む烈しい光線に白い歯を美しく輝やかした。
「……キキキ……ヒヒヒ……ケケケ……」
 その幽霊のように凄い美くしさ……なまめかしさ。眼も眩《くら》むほどの魅惑……白昼の妖精……。
 彼は骨の髄までゾーッとし
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