く、突当りの薬戸棚の硝子《ガラス》戸を開いて、旧式の黒柿製の秘薬|筥《ばこ》を取出して調薬棚の上に置いた。その中から抓《つま》み出した小型の注射器に蒸溜水を七分目ほど入れて、箱の片隅の小さな薬瓶の中の白い粉を、薬包紙の上に零《おと》すと、指の先で無雑作に抓み取りながら注射器の中へポロポロとヒネリ込んだ。活栓《かっせん》と針を手早く添えて、中味の液体をシーソー式に動かすと、薬の残りを箱の中の瓶に返して、右手にアルコールを涵《ひた》した脱脂綿と、万創膏《ばんそうこう》を持ちながら薬局を出て来た。
「ヘッヘッヘ。わしは元来|胆石《たんせき》でなあ。飲み過ぎると胸が痛み出す。痛み出すと自分でこの注射をやって眠るのが楽しみでなあ。ヒッヒッ。この見量なら下手な天秤よりもヨッポドたしかじゃ。生命《いのち》がけの練習しとるけになあ。……さあ作って来ました。六分ゲレンの一じゃからちょうど一プロの一|瓦《グラム》じゃ。相手が相手じゃけに相当利きまっしょう。さあ……」
澄夫は、こうした頓野老人の自慢の離れ業《わざ》を格別、驚いた様子もなく受取った。無造作に狂女の右腕を捕まえて注射した。
唖女のお花は痛が
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