廊下の方へ出て行った。あとを見送った眉香子未亡人は、今一度、維倉青年を見下してニッコリと笑った。
「ホホ。お気の毒でしたわね」
「…………」
 維倉青年はギリギリと歯を噛んで、眼の前の訪問着を見上げた。しかし何もいわなかった。否、いい得なかったのであろう。
「モウ。何も仰言らないで頂戴ね。仰言ったって警察では何一つホントにしませんからね。貴方が妾をお呪咀《のろ》いになるためにドンナ作りごとを仰言っても取り上げる人はおりませんからね。よござんすか……」
「…………」
「ねえ。女だと思ってタカを括《くく》っておいでになったのがイケなかったんですわ。ねえ」
「…………」
「ホホ。死にたくても死ねないようにして差し上げるって申しましたこと……おわかりになりまして?……」
「……ド……毒婦ッ……」
 青年はいつの間にか上唇を噛み破っていた。その滴る血を吹きつけるように叫んだ。
「ホホホ。そうよ。アナタはプロの闘士よ。あたしはブルジョアの闘士……人間を棄ててしまった女優上りですからね。嘘言《うそ》も不人情もお互い様よ。それでいいじゃないの」
「チ……畜生……覚えておれッ」
「忘れませんわ……今夜の
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