ナマイト》のお礼に……ホホ……」
「でも……」
「……でもって何です。妾《あたし》のいうことをお聴きになれなければ、一箱も差し上げませんよ。ホホホ……」
青年は眩《ま》ぶしそうに眉香子を見上げた。眉香子の魅力に負けたように深々と緞子の椅子に沈み込んだ。そうした自分自身を淋しくアザミ笑いながらパチパチと眼をしばたたいた。
「……でも、勿体ないことだわねえ。アンタがたみたいな立派な若い人が十何人も、お国のためとはいいながら、今から半年も経たないうちに粉ミジンになってこの地上から消えてしまうなんて……あたしシンから惜しい気がするわ」
新張家の豪華を極めた応接室の中央と四隅のシャンデリアには、数知れない切子球に屈折された、蒼白な電光が煌々《こうこう》と輝き満ちている。その中央の大卓子の上にはトテモ炭坑地方とは思えない立派な洋食の皿と、高価な酒瓶が並んでいる。その傍の緋繻子張りの長椅子の中に凭《よ》りかかり合うようにしてグラスを持っている眉香子と青年……。
青年は上衣と胴衣《チョッキ》を脱いでワイシャツ一つのネクタイを緩めているし、眉香子も丹前を床の上に脱ぎ棄てて、派手な空色地の長|襦袢《じゅばん》に、五色ダンダラの博多織の伊達巻を無造作に巻きつけている。どちらももう相当に酔いがまわっているらしく、眼尻が釣り上がって異様に光っている。
「惜しい気がするわ。ねえ。そうじゃない」
今一度シンミリとそういううちに眉香子は、その肉つきのいい白い腕を長々と青年の肩に投げかけた。青年もそれをキッカケに左手を眉香子の膝の上にダラリと置いた。グラグラと頭をシャンデリアの方向に仰向けて、健康そうな、キラキラ光る白い歯を見せた。
「ナアニ。ハハハ。どうせ僕等は、めいめい勝手なゼンマイ仕掛けの人形みたいなもんですからね。そのゼンマイのネジが解けちゃってヨボヨボになって死んじゃうだけの一生なら、まったく詰まらない一生ですからね……ですからまだピンピンしているうちに、そのゼンマイ仕掛けを自分でブチ毀してみなくちゃ、自分で生きてる気持が解《わか》らないみたいな気持に、みんななっているんです。僕等はモウ、早く自分の生命を片づけたい片づけたいって、イライラした気持になっているんですよ。まったくこのまんまじゃ詰まらないですからね」
「とてもモノスゴイのね」
「ええ。自分ながらモノスゴクて仕様がないんです。なんでもいいから思い切って自分をぶっつけてガチャガチャになってしまいたいんです」
「アンタみたいな方は恋愛もなにも出来ないのね」
「恋愛……恋愛なんて……ハハハハ」
「マア。恋愛なんて……て仰言るの……あたしこれでもチャント貞操を守っている未亡人なのよ。まだネジが切れちまわないうちに相手をなくしちゃって、イヤでもこんな淋しい後家《ごけ》を守っていなくちゃならなくなった女なのよ」
「恋愛なんて……恋愛なんて……ハハハ。恋愛なんて何でもないじゃないですか。ほんの一時の欲望じゃないですか。永遠の愛なんてものは男と女とが都合によって……お互いに許し合いましょうね……といった口約束みたいなもんじゃないですか。お金のかからない遊蕩《ゆうとう》じゃないですか」
「まあ。ヒドイことをいうのね」
「当り前ですよ。この世の中はソンナ様な神秘めかした嘘言《うそ》ばっかりでみちみちているんですよ。だから何もかもブチ壊してみたくなるのです。何もない空《から》っぽの真実の世界に返してみたくなるのです」
「アンタ……それじゃ虚無主義者ね」
「そうですよ。虚無主義者でなくちゃ僕等みたいな思い切った仕事は出来ないんです。ゾラか誰か言ったことがありますね。――科学者の最上の仕事は、強力な爆薬を発明して、この地球と名づくる石ころを粉砕するにあり。真実というものがドンナものかということを人類に知らしむるに在り――とか何とか……」
「まあ大変ね。ゾラはきっとインポテントだったのでしょう」
「ハハハハ。こいつは痛快だ。さすがは昔の銀幕スター、眉香子さんだけある。そういって来ると虚無主義者や共産主義者はみんなインポテントになるじゃないですか」
「そうよ。この世に興味を喪失《なく》してしまった人間の粕《かす》みたいな人間が、みんな主義者になるのよ」
「そんなことはない……」
「あるわ。論より証拠、貴方に死ぬのをイヤにならせて見せましょうか」
「ええ。どうぞ……」
「きっと……よござんすか」
「しかし……しかしそれは一時のことでしょうよ。明日になったら僕はまたキット死にたくなるんですよ。今までに何度も何度も体験しているんですからね。ハハハハ」
「ホホホホ。それは相手によりけりだわ。妾がお眼にかける夢は、そんな浅墓《あさはか》なもんじゃないわ。アトで怨んだって追つかない事よ」
「ワア。大変な自信ですね。しかしイク
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