少女のように赤らみ膨らんでいた。
 緞子の椅子の肱《ひじ》に白い、ふくよかな両腕を投げかけて、そういう青年の顔を真正面から見上げていた眉香子は、非常に感動したらしく真青になっていた。何度も何度もうなずきながら、大きく眼をしばたたいているうちに、大粒の涙を惜気もなくホロリホロリと両頬に落しかけていたが、説明を終った青年がヒョッコリと頭を下げると一緒に、深く頭を下げて両手を顔に当てた。咽《むせ》ぶようにいった。
「わたしの僅かばかりの爆薬が、それほどのお役に立ちますとは……何という……」
 といううちに応接台の片隅に載っていた旧式の電話器へ手を伸ばして、ベルを廻転させ始めた。涙に濡れた左右の頬に、なおも新しい感激の涙を流しかけながら……。
 ……リンリン、リリリン……リンリン、リリリン……リンリン、リリリリリリリリ……
 そんな風に繰り返して断続するベルの音《ね》を、青年は何となく緊張した態度で見守っていた。そのベルの継続のし方が、ちょうど鉄道か警察の呼出信号に似ていたからであったろう。
 間もなく返事が来た。
 ……リンリン、リンリンリンリンリンリンリン……
 眉香子はその音の切れるのを待ちかねて受話機を取り上げた。
「ええ、ええ。そうよ。あたし眉香です。アンタ倉庫の紙塚さん……そう。アノネ。御苦労さんですがね。明日の朝までに着くように原田さんの処へ……ええ。門司の原田さんの処へ爆薬《ハッパ》を二箱お送りするようにお約束したんですがね。ええ。ごく内々で……ですからね。今夜の直方発の終列車の上りの客車便に……そう……十時五十分に間に合うように大急ぎで荷造りしてちょうだい。まだ四時間ぐらいあるでしょ。……そうね。どちらも茣蓙《ござ》で包んで上箱に入れて、貴重品扱いにして門司の山九運送店宛に出して下さいな。そう。中味は仏像とか、骨董品《こっとうひん》とか、何とかしといて頂戴。そうしてチェッキが出来たらアンタ自身にソレを持って駅で待っていて頂戴ね。用心しなくちゃ駄目ですよ。十分に荷造りしてね。このごろ、こっちへ共産主義《アカ》が入り込んだってね。とても取り締りが八釜《やかま》しいんですからね……ええ。そうそう。あたしの名前にしときゃあ大丈夫よ。……あの。それからね。荷造りする時には倉庫の明りが外に洩れないようにしとかなくちゃ駄目よ。ええ、ええ。どうかそうして頂戴。それがいいわ。ええ。全部そうして頂戴。一つ二つぐらいだと却って疑われるから。ええ。どうぞ願います。こっちは大丈夫よ。ホホホ」
 眉香子は平然として受話機を掛けながら青年をかえりみた。
「二箱でいいんですね」
 青年は返事の代りにピョコンと勢いよく立ち上った。卓子《テーブル》を一廻りして眉香子の真正面から接近《ちかづ》くと、眉香子の両手を自分の両手でシッカリ握り締めた。感激の涙をハラハラと流した。
「……ありがとう……御座います。感謝に……堪えません」
「まあ。あんなこと……わたくしこそ感謝に堪えませんわ。わたくしみたいな女を見込んで下すって……」
 といううちに立ち上って青年の両手をシッカリと握り返した。青年は肩をすぼめて身震いした。眉香子の魅力に包まれたように……けれども間もなく静かに、その手を振りほどいた。二、三歩後に下って恭《うやうや》しく一礼した。
「それでは……これで……お暇《いとま》を……この御恩は死んでも……」
「アラマア……」
 眉香子は追いかけるように二、三歩進み出た。強《し》いて青年の手を取って、今まで自分が坐っていた椅子に、青年の身体《からだ》を深々と押し込んだ。
「まだ、荷物とチェッキが出来ないじゃ御座いませんか。それまで、どうぞ御ゆっくりなすって下さいませよ」
「……でも……それはアンマリ……それに私は今夜のうちに門司に出て、明朝早く荷物を受け取って、明後日、神戸の……」
「それでも荷物と一緒の汽車なら宜しいじゃ御座んせん」
「……そ……それは……そうですが……実は……」
「何か御差支えが御座いまして……」
「実はその……友人が四名ほど……福岡の東亜会員が四名ほど、私を門司まで見送ると申しまして、私と同じ汽車で発《た》つ予定で、直方の日吉旅館に来ておりますので……是非とも……」
「もうお会いになりまして……」
「九時ごろの汽車で来ると申しておりましたが……」
「それでもまだ二時間近く御座いますわ。そんなお友達の御親切も何で御座いましょうけれども、今夜、御一緒の汽車で門司にお着きになってからでも御ゆっくりとお話が出来ましょう」
「そ……それは……そうですが……」
「わたくしもホンノ仮染《かりそめ》の御識り合いでは御座いましょうが、心ばかりの御名残惜しみが致したいので御座いますからね。それくらいのおつき合いは、なすっても宜《い》いじゃ御座んせん。爆薬《ダイ
前へ 次へ
全7ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング