った者が在る。
「どうだい。釣れたかね」
トロツキーがビックリして振返ってみると、それはレニンであった。莫斯科《モスコー》の十字路で硝子《ガラス》箱入の屍蝋《しろう》と化している筈の親友であった。
トロツキーは今|些《すこ》しで気絶するところであった。王冠と、釣竿と、帽子と、木靴を残して一目散に逃失《にげう》せてしまった。
「ウワア――ッ。幽霊だア――ッ」
レニンはニヤリと笑ってアトを見送った。草の中から王冠を拾い上げて撫でまわした。
「アハハハハハ俺が死んだ事を世界中に確認させるトリックには随分苦心したものだ。しかしあのトロツキーまでが俺の死を信じていようとは思わなかった。
トロツキーは俺の筋書通りに動いてくれた。彼奴《きゃつ》にだけこの王冠の事を話しておいたのだからな。……俺がアレだけの大革命を企てたのも、結局、この王冠一つが慾しかったからだとは誰も知るまい。況《いわ》んや俺が革命前から、この巴里《パリー》で老舗《しにせ》の質屋をやっている、妾《めかけ》を三人も置いている事なぞ誰が知っていよう。アッハッハッハッ。馬鹿な人類ども……」
といったような探偵小説が、日本では書け
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