ないだろうか。

 或る海岸の崖の上の別荘に百万長者の未亡人と、その娘が住んでいた。二人ともなかなかの美人であったが、娘の方がイツモ何者かに生命《いのち》を狙われて殺されそうになるのを、そのたんびに或る青年名探偵が現われて救い救いしてくれた。
 未亡人と娘は名探偵に満腔《まんこう》の感謝を捧げた。娘と名探偵とはとうとう恋仲にまでなったが、しかし、それでも娘の生命《いのち》を狙っている悪人の正体ばかりは、どうしても掴めなかった。流石《さすが》の青年名探偵が、いつも危機一髪で喰い止めるほどの神変とも、不可思議とも説明の出来ない怪手腕を以て、根気強く娘の生命《いのち》を脅やかし続けるのであった。
 ところがその娘が或る日、崖の縁端《ふち》を散歩しているうちに突然に強い力で突落された。落ちる途中で一回転した拍子に、崖の上から並んで覗いている青年探偵と母親の、揃いも揃った冷酷なニコニコ顔が見えた。
 それからその娘の頭が、崖の下の岩角に触れる迄の何秒かの間に、今までの一切の不可思議がグングン氷解して行った。その何秒かの間の彼女の回想の高速フィルムの全回転が、そっくりそのまま驚愕と、恐怖に満ち満ち
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