もそれは実に滑稽な、面目ない種類のものでした。すなわち「或る家《うち》の秘蔵の芸術品を一眼見たいために或る芸術家が一生を棒に振ってしまった。そうしてその芸術家が死の際《きわ》に考えて見ると、そのために受けた苦しみは現実の社会に何の益もない。夢の中でもがいて眼がさめたら汗をかいていた位の価値しかないものであった」というのが最初の私の妄想の興味の中心でした。それを探偵小説好きのF学士におだてられた結果、探偵物として価値あるもののように思い込んで書いていたので、つまるところ私は探偵小説を書く気分で普通の読み物を書いていた……極端に云えば知らず知らずとはいえ探偵小説を冒涜していたということを自覚しました。
 それから私はも一度初めに帰って評を読み直して行きました。すると諸氏の批難の大部分は皆こうした、私の錯覚から出た弱点を指されてあるので、私はまるで仮装した犯罪者が数名の名探偵につけまわされているような切なさを感じました。同時に折角賞讃して頂いたお言葉や、探偵小説として採用された原因等の大部分が私の思い設けていたところとは大変に違っていた――云わばそんな価値のあるものが偶然にあの一篇の中に落ち
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