対するA先生の不安を一掃することが出来たら……という私の期待がスッカリ裏切られたからであります。
私はC夫人の家《うち》を出ると、夕日のさす町を歩きながらいろんな事を考えさせられました。もしその面が、或る深い因縁から来た執着でD氏の手に持って行かれたものとしたら、それをC夫人のために取り返すにはどうしたらいいであろう。又もしDさんが若い美しい婦人であるとして、A先生の内弟子のE君か誰かをお使いに立てて取り返しに遣ったら什麼《どんな》ことになるであろう。それとも又その面が此間《こないだ》の震災で焼失していたらどうであろう。もしくはその面だけが焼け残ってD氏が白骨となっていたら……なぞとそれからそれへ妄想をつづけて、何だか纏まったものになりそうに思われた時に私はあぶなく転びそうになりました。見るといつの間にかゴロゴロした砂利道へ這入《はい》っています。その途端《とたん》に私はゆうべ紅茶に浮かされて寝られなかったことを思い出しまして、これは頭がだいぶ疲れているなと気が付きましたからそのまま諦めてしまいました。そうして能が済んで本職に帰ると、このことも全く忘れていました。
それから久しい間
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