た分厚い真鍮板が裏表からガッチリと止めてある。それが、やはりこの家《うち》に不似合なものの一つに見えた。
「この把手はお前が取付けたんか」
「いいえ。養母《おっか》さんが取付けたのだそうです。一軒家だから用心に用心をしておくのだと云って、養母《おっか》さんが自分で町から買うて来て、隣村の大工さんに附けてもろうたのだそうです」
「そうするとこの家《うち》に引移った当時の事だな」
「よく知りませんがヨッポド前だそうです」
「フム。毎晩この鍵を掛けて寝るのか」
「ハイ。私が寝ると、養母《おっか》さんが掛けに来ます」
「そうすると鍵は養母《おっか》さんが持って、寝ている訳じゃのう」
「ハイ……そうらしう御座います」
「うむ。惨酷《ひど》い事をするのう」
そう云って草川巡査は、うなだれている一知の顔を見たが、暗いので顔色はよくわからなかったけれども、モウ肩を震わして泣いているらしかった。寝巻浴衣の袖で眼を拭い拭い潤んだ声で云った。
「……あきらめて……おります……」
草川巡査は、そのまま暫く考え込んでいたが、やがて軽いタメ息をしてうなずいた。
「ふうむ。成る程のう……しかしこれ位の鍵を一つ開ける位、窃盗常習犯にとっては何でもないじゃろう」
そう云って、今一度タメ息をしいしい一知青年をかえりみた。
「……一緒に来てみい。奥座敷へ……」
閉め切った古い雨戸の隙間と、夥しい節穴から流れ込む朝の光りに薄明るくなっている奥座敷に来てみると、成る程無残な状態《ありさま》であった。滅多にコンナ事に出会わない村医の神林先生が周章《あわて》て逃げ出して行ったのも、無理がなかった。
古ぼけた蚊帳《かや》の中で、別々の夜具に寝ていた老夫婦は、殆んど同時に声も立て得ぬ間に絶息したものらしい。父親の牛九郎の方は仰臥《あおむ》けしたまま、禿上った前額部の眉の上を横筋違《よこすじか》いに耳の近くまでザックリと割られて、鶏《にわとり》の内臓みたような脳漿《のうみそ》がハミ出している。また姑のオナリ婆さんは俯伏《うつぶ》せになって、枕を抱えて寝ていたらしく、後頭部を縦に割付けられていたが、これは髪毛《かみのけ》があるので血が真黒に固まり付いている上に、二人の枕元の畳と蒲団の敷合わせが、血餅《けっぺい》でつながり合って、小さな堤防のように盛上っていた。いずれも極めて鋭利な重たい刃物で、アッと云う間も
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