の釘痕《くぎあと》を合わせて、スッポリと元の板戸の穴へ嵌込《はめこ》みながら、なおも微笑を深くした。
「馬鹿だよお前は……俺に謝罪《あやま》っても何もならんじゃないか。ええ。一軒の家《うち》の主人《あるじ》となったら……ことにコンナ一軒家の中で、年|老《と》った両親や、沢山のお金の運命を受持っている若い人間は、モウすこし戸締りや何かに気を付けんとイカンじゃないか。お蔭でコンナ間違いが出来たじゃないか……ええ?……」
 一《ひ》と縮みになった一知は、一生懸命に気を取直そうとしているらしく、無言のまま何度も何度も襟元をつくろい直した。
「足跡も何も無かったんか。そこいらには……」
「……ハ……ハイ。ありま……せんでした。山の下から……この踏石を踏んで来たもの……かも知れません」
 一知は先に立って表に出た。国道から曲り込んで、深良屋敷へ上って来る赤土道に、一尺置ぐらいに敷並べてある四角い花崗岩《みかげいし》の平石《ひらいし》を、わななく手で指した。草川巡査はうなずいた。腰を屈《かが》めて、その敷石の二つ三つを前後左右から透してみた。
「足跡も何も無い……ところでお前達は昨夜《ゆうべ》ドコに寝とったんか」
「この台所に寝ておりました」
「何も気付かなかったんか……それでも……」
 何を思い出したのか一知が、突然に真赤になって自分の影法師を凝視した。その赤い横頬と、青い襟筋が朝日に照されて、女のように媚《なま》めかしかった。
「マユミさんと一緒に寝とったんか」
 一知は首筋まで真赤になった。井戸端で水を汲んでいるマユミの背後《うしろ》姿をチラリと見た。
「いいえ。彼女《あいつ》は毎晩、両親の吩付《いいつけ》で直ぐ向うの中《なか》の間《ま》に寝る事になっておりますので……」
「ホントウか。大事な事を聞きよるのだ」
「ホントウで御座います。一緒に寝た事は……今までに……一度も……」
 そう云う中《うち》に一知は興奮したらしく早口になりかけたが、忽ちサッと青くなって口籠った。云うのじゃなかった……といった風に唇をギュッと噛んで、忙しく眼瞬《まばた》きをした。その顔を草川巡査は穴の明く程凝視したので、一知はイヨイヨ青くなって頸低《うなだ》れた。
「フウム。妙な事を云うのう……マッタクか……それは……」
 一知は怨《うら》めしそうな、悲痛な顔を上げて草川巡査の顔を見たが、その瞳《め》
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