タタキ潰された蚯蚓《みみず》が一匹、半死半生に変色したまま静かに動いていた。草川巡査は、その蚯蚓を凝視しながら、砥石をソッと元の通りに置いた。
そこへ飯を喰い終った一知が、帯を締め締め、草履《ぞうり》を穿《は》いて出て来たので、草川巡査は素知らぬ顔をして台所の入口へ引返して来た。
「殺した奴はどこから這入って来たんか」
「ここから這入って来たものと思います」
一知は、入口の敷居を指した。学問があるだけに言葉附がハッキリしていた。気分もモウすっかり落付いているらしく、平生《いつも》の通りに潤んだ、悲し気な瞳《め》を瞬《まばた》いていた。
「この引戸が半分、開放《あけはな》しになっておりました」
草川巡査は一知青年と二人で暗い台所に這入った。継ぎ嵌《は》めだらけの引戸の締りを内側から検《あらた》めてみた。
「成る程、ここの帰りはこの掛金を一つ掛けただけだな」
「ハイ。その掛金の穴へ、あの竈《へっつい》の長い鉄火箸《ひばし》を一本刺しておくだけです」
「昨夜《ゆんべ》も刺しておいたのか」
「ハイ。シッカリと刺しておいたつもりでしたが、今朝《けさ》見ますとその鉄火箸《ひばし》は、この敷居の蔭に落ちておりました」
その板戸の継ぎ嵌めだらけの板片《いたぎれ》を一つ一つに検めていた草川巡査は、
「よし。昨夜《ゆうべ》の通りに今一度、内側から締めてみい」
「ハイ……」
一知が内側から戸を閉めて、掛金を掛けて、火箸をゴクゴクと挿込む音がした。すると草川巡査は、その継嵌《つぎはめ》の板片の中の一枚を外から何の苦もなくパックリと引離して、そこから片手を突込んで鉄火箸《ひばし》を引き抜いて、掛金を外《はず》した。その板片と火箸を両手に持ったまま引戸を静かに押開いて、ノッソリと土間へ這入って来ると、その土間の真中に突立っている一知の真青な顔を無言のままニコニコと見上げ見下した。
一知の額には生汗がジットリと浮出していた。西洋の女のように白い唇をわななかして、今にも気絶しそうに眼をパチパチさせた。それを見ると草川巡査の微笑が一層深くなった。
「馬鹿だな。……この板を打付けた釘の周囲《まわり》が、スッかり腐っているじゃないか。これがわからなかったのか……今まで」
一知は寝巻の袖で汗を押拭い押拭いペコペコと頭を下げた。
「……すみません……すみません……」
草川巡査は手に持った板片
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