、妾の頭が、船の外側のどこかへ打《ぶ》つかると一処《いっしょ》にガーンとなってしまって、いつ海の中へ落ち込んだかわからなかったの……。

 それから又、妾が気が付いて眼を開《あ》いたのは、一分か二分ぐらい後《のち》のようにしか思えないのよ……何だか知らないけれど身体《からだ》中に痺《しび》れが切れて、腰から下が痒《かゆ》くて痒くてしようがないように思っているうちに、フイッと眼を開《あ》いてみたら、そこは忘れもしないこのレストランの地下室でね。いつぞや肺病で死んだニーナさんが寝かされていたその寝台《ベッド》の上に、湯タンポと襤褸《ぼろ》っ布片《きれ》で包まれながら、素《す》っ裸体《ぱだか》で放り出されているじゃないの。おまけに寝台《ベッド》の横でトロトロ燃えているペーチカの明《あか》りでよく見ると、妾の手や足は凍傷で赤ぶくれになっていて、針金の痕《あと》が蛇みたいにビクビクと這いまわっている上から、黒茶色の油膏薬《あぶらぐすり》がベトベトダラダラ塗りまわしてあるじゃないの。その汚ならしくて気味の悪かったこと……妾何だかわからないままビックリして泣き出しちゃった位よ。
 ……だけど、それか
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