葉巻を吹かしているじゃないの……あんまり恐ろしい、不思議な事なので、妾は、あと先を考える事も何も出来やしなかったわ。ただ眼をまん丸に見開いて鼻っ先に被《かぶ》さっている袋の粗《あら》い目を凝視《みつめ》ながら、両方のお乳を痛いほどギュッと掴んでいたわ……夢じゃないかしらと思って……。
 でも、それは夢じゃなかったの……そうして歯を喰い締めて、一心に耳を澄ましていると、ゴットンゴットンという器械の音の切れ目切れ目に、ドド――ンドド――ンっていう浪《なみ》の音が、どこからか響いて来るじゃないの。……ええ……おおかた外《ほか》の女《ひと》達も妾とおんなじにビックリして小さくなっていたんでしょう。呼吸《いき》をする音も聞えない位シンとしていたようよ。
 そうしたら又その中《うち》に、その葉巻を持っているらしい男が、一としきりスパスパと音を立てて吸い立てながら、こんな事を云い出したの。
「待て待て。片づける前に一ツ宣告をしてやろうじゃねえか。あんまり勿体《もってえ》ねえから」
「バカ……止せったら……一文にもならねえ事を……」
「インニャ。このまま片づけるのも芸のねえ話だかんナ……エヘン」
「止
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