足を伸ばしたくてたまらないのも忘れて、時々聞える汽笛の音に耳を澄ましながら胸をドキドキさせていたわ。これが故郷のお別れと思ってね……そうかと思うと亜米利加《アメリカ》の町をヤングと連れ立って散歩している自分の姿を考えたり……ヤングと妾の幸福のために、イーコン様にお祈りを捧げながら、ソッと小さな十字架を切ったりしていたわ。
 そうすると間もなく、今までと丸で違った波の音が聞え出して、小舟が軍艦に横付けになったようなの。その時に妾は又ドキンとして荷物のつもりで小さくなっていると、こっちからまだ何も云わないのに、上の方から男の足音が二人ほど、待っていたようにゴトゴトと音を立てて降りて来たの。そうしてその中《うち》の一人が低い声で、
「へへへへへ。今までお楽しみで……」
 って云いかけたら、ヤングが同じように低い声で、
「シッ。相手は通じるんだぞ……英語が」
 って叱ったようよ。そうすると二人ともクツクツ笑いながら黙り込んで、妾の袋をドッコイショと小舟の中から抱え上げたの。
 その時に妾はチョット変に思わないじゃなかったわ。何だか解らないけど、その二人の男の抱え方が、袋の中に生きた人間が居るっ
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