て事をチャンと知っているとしか思えなかったんですもの。一人は妾の肩の処を……それから、もう一人は腰の処を痛くないようにソーッとネ……だけどこれは大方ヤングが今の間《ま》に手真似か何かで打ち合わせたのかも知れないと思っているうちに、一度階段を降り切った二人の足音は又、別の段々を降り始めて、今度は波の音も何も聞えない、処々に電燈のついた急な階段を二ツばかり降りて行ったの。
 その時にヤングは、もうどこかへ行っていたようよ。……いいえ船の中はシンとしていたけど、いつヤングが消えてしまったのか解らなかったわ……まあそう……出帆前ってそんなに忙がしいものなの……じゃ矢《や》っ張《ぱ》りあんたの云うように、あの軍艦はずっと前から出発の準備をして命令が来るのを待っていたんだわ。ね……そうでしょう……ヤングが出帆の日を知らなかったのは無理もないわ。そうして本当に日本と戦争をする気で出て行ったんだけど、途中で日本が怖くなったから止しちゃったんでしょう。……アラ……どうしてそんなに失笑《ふきだ》すの。
 イイエ、あんたがいくら笑ったってそうに違いないわよ。だってヤングはおしまいまで一度も嘘を吐《つ》いた事
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