ん。私はいよいよあなたとお別れしなければならぬ時が来ました。あなたを亜米利加へ連れて行く事も思い切らなければならぬ時が来ました。私は明日《あす》の朝早く、船と一緒に浦塩《うらじお》を引き上げて布哇《ハワイ》の方へ行かなければなりませぬ。そうして日本と戦争を始めなければなりませぬ。そうなったら私は戦死をするかも知れないし、あなたを連れて行く訳にも行かなくなりました。昨夜不意打ちに本国からの秘密の命令が来たので、どうする事も出来ないのです。……しかしもしも戦争が済むまで私が死なないでいたらキット貴女《あなた》を連れに来ます。ですから何卒《どうぞ》今度ばかりは諦めて下さい」
……って……そう云っているうちに、ポケットからお金をドッサリ詰めた革袋を出して、妾の手に握らせたの。
妾、その革袋を床の上にたたき付けて泣いちゃったわ。
「そんな事は嘘だ」
って云ってね。それあ日本が亜米利加と戦争を初めそうだっていう事は、ズット前から聞いているにはいたけれども、ヤングの話はあんまりダシヌケ過ぎて、どうしても本当とは思えなかったんですもの。だから、
「あんたは妾を捨てて行こうとするのだ。何でもいいか
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