んですってさあ。亜米利加の男や女に独身生活者《ひとりもの》が多いのは、そんな遊びのステキな気持ちよさを知っているからで、そんな人達に、方々から誘拐《かどわか》して来た、美しい男や女を当てがって、いろんなステキな遊びをさせる倶楽部《くらぶ》だの、ホテルだのいうものが、大きな街に行くとキットどこかに在るんですってさあ……つまりお金さえあれば、ドンナ事でも出来るのが亜米利加の風《ふう》だっていうのよ。だから恋愛の天国っていえば、今の世界中で亜米利加よりほかに無いってヤングは自慢していたわ。
 ……でもね……その中でたった一つ、ドンナお金持ちでも滅多に出来ない、一番ステキな、一番贅沢な、取っときの遊びがあるっていうのよ。ねえ……面白いでしょう……それはねえ。今云ったようにお金ずくで出来るいろんな素敵な遊びにも飽きてしまって、どうにもこうにも仕様《しよう》がなくなった人の中の一人か二人かがやって見たくなるステキなステキな、この上もない無鉄砲な遊びで、それこそホントにお金ずくでは出来ない生命《いのち》がけの愉快な遊びなんですってさあ……そう云ったらあんたはわかるでしょう。その遊び方が……え……わからないって……まあ。……
 ……だってその遊びの本家本元は日本だってヤングはそう云ったのよ。世界中のどこにも無くて日本にだけ昔から流行《はや》っているのを、この頃亜米利加の学者たちが大騒ぎをして研究を始めているので、トテモ有名な遊びなんですとさあ……そう云ってもわからない?……まあ……じゃもっと云って見ましょうか。
 ヤングはそう云ったのよ。日本の芸術ってものは何でもかんでも世界中の芸術の一番いいとこばかりを一粒|選《え》りにして集めたものなんですってさあ……イイエ、オベッカじゃないのよ。ヤングがそう云っていたんだから……妾なんかは解らないけど……だから日本では恋愛の遊びだって、ほかの色んな遊びの仕方は、もうすっかり流行《はや》り廃《すた》っている代りに、その一番ステキなのがタッタ一つだけ、今でも残っているんですって。一つは日本人はお金をそんなに持たないから、ほかのお金のかかるのはみんな諦らめてしまって、その一番ステキなのだけで満足しているのかも知れないって云うのよ。それをこの頃になって亜米利加の学者たちが八釜《やかま》しくいって研究しているけども、それはただ学問の研究だけで、本当にやって見ようなんていう度胸のある人間は、まだ一人も亜米利加に出て来ないんですってさあ……そんなステキな遊びが日本に在るのをあんた知らない……マア……そんな筈はないわ。ヤングは学者だから嘘なんか吐《つ》きやしないわよ。あんたは知っているけど気が付かないでいるのよ。日本ではそんなに珍らしくないから……。
 ……エ?……その遊びの名前ですって……それを妾スッカリ忘れちゃったのよ。イイエ本当よ……今に思い出すかも知れないけど……おぼえているのはその遊びの仕方だけよ。それあトテモ素敵な気持ちのいい遊び方で、聞いただけでも胸がドキドキする位よ。何でも亜米利加の言葉で云うと「恋愛遊びの行き詰まり」っていったような意味だったわよ。日本の言葉で云うと、もっと短かい名前だったようだけど……え?……その遊びの仕方を云ってみろって?……厭々《いやいや》。……それは妾わざっと話さないでおくわ。あんたが思い出さなければ丁度いいからね。おしまいの楽しみに取っとくわよ。……ええ……今夜は妾はトテモ意地悪よ。ホホホホホホ。

 ……でも、そんな話を初めて聞いた時には、妾《わたし》もうビックリしちゃって髪毛《かみのけ》をシッカリと掴みながらブルブル慄《ふる》えて聞いていたようよ。その頃の妾は今よりもズッと初心《うぶ》だったもんですからね……そんな話を平気でしいしい、青い顔をしてお酒を飲んでいるヤングの軍服姿が、だんだん恐ろしいものに見えて来て、今にも妾を殺すのじゃないか知らんと思い思い、その高い薄っペラな鼻や、その両脇に凹《くぼ》んでいる空色の眼や、綺麗に真中《まんなか》から分けた栗色の髪毛《かみ》を見つめていたようよ。何だか悪魔と話しているような気がしてね……。
 だけど、そのうちにヤングから、そんな遊びの仕方を、一番やさしいのから先にして一つ一つに教《おそ》わって行くうちに、妾はもう怖くも何ともなくなってしまったのよ。……え……それあ本当の事はどうせ亜米利加《アメリカ》の本場に行って、色んな薬や器械を使わなくちゃ出来ないのが多かったし、一番ステキな日本式の遊びや、そのほかの生命《いのち》がけの遊びは相手が無いから、只|真似方《まねかた》と話だけですましたの。妾の身体《からだ》に傷が残るようなのも店の主人に見つかると大変だから、ヤングと一緒に亜米利加に行って結婚式を挙げてからの楽しみに取っといたけど、
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