へや》へ逃げ込んだと思うと、妾の内ポケットから鍵を取り上げて扉《ドア》をピッタリと掛けてしまったの。……その素早かった事……でもその時は、妾が店に突き出されてから、まだやっと二日目位だったし、男ってどんなものか知らない位だったもんだから、ホントウにビックリしてしまって、一生懸命ヤングの軍服の胸に獅噛《しが》み付いていたわ。だけどヤングは、この室《へや》で二人切りになると、トテモ親切に妾を慰めてくれたのよ。落魄《おちぶれ》男爵の娘から、こんなレストランの踊り子にかわった妾の身の上話を、シンカラ同情して聞いてくれたり、お料理やお菓子を色々取ったり、お酒をいくらでも飲んでくれたり、お金を持っているだけ、みんな置いて行ってくれたりしたので、妾ホントウに嬉しかったわ。それはみんな亜米利加《アメリカ》の貨幣《おかね》だったけど、主人は大ニコニコで私の頭を撫で、
「大手柄大手柄……あのお客人を一生懸命で大切《だいじ》にしろ……」
 って云ってくれたわ。
 それからヤングは毎晩のように妾の処へ遣って来たの。そうして妾とだんだん仲よしになって来ると、いろんな事を妾に教え初めたの。亜米利加の言葉だの、ABCの読み方だの、キッスの送り方だの……誕生石の話だの……花言葉だの……だけど、その中でも一等面白くて怖かったのは、やっぱり、そのステキな恋愛のお話だったわ。妾ホントに感心しちゃったのよ。ヤングが何でもよく知っているのに……。
 それは亜米利加のお金持ち仲間で流行《はや》る男と女の遊び方で、お金持ちになればなる程、そんな遊びの方法《しかた》が乱暴なんですってさあ。……ええ……それはトテモ贅沢な室《へや》の仕掛けや、高価《たか》いお薬や、お金のかかる器械や、お化粧の道具なぞが、いくらでも要《い》るので、貧乏人にはトテモ出来ない遊びなんですってさあ。そうして亜米利加の若い男や女は、そんな遊びがしたいばっかりに、一生懸命になって働らいて、お金を貯《た》めているんですってさあ。
 その遊び方法《かた》っていったら、それあ沢山あるわよ。みんなお話しするのは大変だけど、一寸《ちょっと》云って見ればね……紅《べに》で作ったチューインガムや薬みたようなものを使って、相手を血まみれの姿にし合いながらダンスをしたり……天井も、床も、壁も、窓掛けも、何もかも緋色《ひいろ》ずくめにした部屋の中に大きな蝋燭《ろうそく》をたった一本|灯《とも》して、そのまわりを、身体《からだ》中にお化粧して、その上から香油《においあぶら》をベトベトに塗った素《す》っ裸体《ぱだか》の男と女とが、髪毛《かみのけ》を振り乱したまま踊りめぐったりするんですとさあ。そうするとその蝋燭の光りの赤い色が、壁や、天井の色に吸い取られて、まるで燐火《おにび》のように生白く見えて来るにつれて、踊っている人達の身体の色がちょうど、地獄に堕ちた亡者《もうじゃ》を見るように、赤や、緑色や、紫色に光って見えて来るんですって。それと一緒に身体じゅうの皮膚がポッポと火熱《ほて》り出して、燃え上るような気持ちになって来るもんだから、その苦し紛れに相手をシッカリと掴まえようとすると……ホラ、油でヌラヌラしていてチットモ力が這入《はい》らないでしょう。そのうちに、死ぬ程苦しくなって、ヘトヘトに疲れて倒れてしまうんですってさあ……ねえ。ずいぶんステキじゃないの。……だけどまだ恐ろしい話があるのよ。
 ……エ……もう解ったっていうの……。嘘ばっかり……わかるもんですか。ズットおしまいまで聞いてしまわなくちゃ、解りやしないわよ。妾があんたを殺したがっている訳は……まあ黙って聞いてらっしゃいったら……上等の葉巻を一本上げるから……。
 そうしてね……そんな恐ろしい楽しみを続けて行くとそのうちには、とうとう、どんなに滅茶苦茶な遊びをしても直《じ》きに飽きるようになってしまうんですって。そうして最後《おしまい》には自分が可愛いと思っている相手を、自分の手にかけて嬲《なぶ》り殺しか何かにして終《しま》わなくちゃ、気が済まないようになるんですってさあ。……つまり自分の相手をまだ可愛がり飽きないうちに殺しては又、新しい相手を探し探しして行くのが、亜米利加《アメリカ》で流行《はや》る一番贅沢な遊びなんですってさあ……ホホホホホ。ビックリしたでしょう。ねえあんた。誰だってそんな話ホントにしやしないわねえ。妾もそん時には嘘だって笑い出した位よ。だってそれあ男だったらそんな事が出来るかも知れないけど、女がそんな乱暴な遊びをしようなんて思えやしないわ。ねえ。何ぼ何でも……。
 だけど、妾それから温柔《おとな》しくしてヤングの話を聞いていたら、それがだんだん本当らしくなって来たから不思議なのよ。亜米利加の女ってものはそんな遊びにかけちゃ男よりもズット気が強い
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