支那米の袋
夢野久作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)妾《わたし》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)たった一本|灯《とも》して
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 ああ……すっかり酔っちゃったわ。……でも、もう一杯カニャックを飲ましてちょうだいね……。
 あんたもお飲みなさいよ。今夜は特別だからサア……ええ。妾《わたし》の気持ちが特別なのよ。今夜は……。
 ……そのわけは今話すわよ。話すから一パイお飲みなさいったら……それあトテモ恐ろしい話なのよ。……ダメダメ。いくらあんたが日本の軍人だって、妾の話をおしまいまで聞いたら屹度《きっと》ビックリして逃げ出すにきまっているわよ。
 ……ああ美味《おい》しい。妾もう一パイ飲むわ。へべれけになるわよ今夜は……ニチエウオ!……レストラン・オブラーコのワーニャさんを知らないか……ってね。管《くだ》を巻くわよ今夜は……オホホホホホホ。……でも、あんたはその話を聞く前に、妾にいくらでもお酒を飲ましていい理由《わけ》があるのよ。何故って妾はこの間から何度も何度もあんたを殺したくなった事があるんですもの……マア。あんな顔をして……ホホホホホホ。まあそんなに怖い顔をしないでもいいから一杯お飲みなさいったら、シャンパンを抜いたからサ……。
 ……アラ……何故いけないの。おかしな人ねあんたは……まあ憎らしい。妾、そんな薄情物じゃないわよ。あんたを殺してお金を奪《と》ったって、いくらも持ってやしないじゃないの。亜米利加《アメリカ》の水兵の十分の一も持っていないこと妾チャンと知っているわよ。ホラ御覧なさい。ホホホホホ。だからそんな余計な心配をしないで一パイお飲みなさいったら……飲まなけああんたを殺したいわけを話さないからいい……寝てる間《ま》に黙って殺しちゃうから……さあ……グッと……そうよ。サアも一つ……これは妾を侮辱した罰よ。ホホホホホホホ。
 今夜もそうなのよ。チョット電燈《でんき》を消すから、その窓から向家《むこう》の屋根を覗《のぞ》いて御覧なさい……ホラ、あんなに雪が斑《まだら》になって凍り付いているでしょ。妾はあの屋根の雪の斑を見るたんびにあんたを殺したくてたまらなくなるのよ。……だからそのたんびにお酒を飲むの。ウオツカでも、ウイノーでも、ピーヴォでも何でもいいの。そうすると忘れちゃってね。あんたを殺すのを忘れちゃって寝てしまうから……ああ美味《おい》しい。妾もう一杯飲むわ。
 ……イイエ真剣なの。ホントウに真剣なのよ。そうして今夜こそイヨイヨ本気になってあんたを殺そうと思っているのよ。だから今夜は特別なのよ……だってあんたはちょうどこんな晩に、妾《わたし》を生命《いのち》がけの旅行に連れ出して行った男にソックリなんですもの……背《せ》の高さと色が違うだけで、真正面《まとも》から見ているとホントに兄弟かと思う位よ。だからコンナに惚れちゃったのよ。……イイエ……ちっともトンチンカンな話じゃないの。妾、そんなに酔ってやしないわよ。カニャックなんかイクラ飲んだって管なんか巻きやしないから……その訳はこうなのよ。まあお聞きなさいったら……トンチンカンでもいいからサア……。
 あんたはツイこの頃来たんだから知らないでしょうけども、この間、此浦塩《ここ》を引き上げて行った亜米利加《アメリカ》の軍艦ね。あの軍艦《ふね》の司令官の息子でヤングっていうのが、その男なのよ。……ええ……司令官と同じにヤングっていってね。名前だか苗字だかわからないけど、只そういっていたの……そうネエ。年は三十だって云っていたけど、あんたと同じ位に若く見えたわ。六尺位の背丈けの巨男《おおおとこ》でね。まじめな、澄まアした顔をしていたわ。あの軍艦《ふね》の中でも一等のお金持ちで、一番の学者だって、取り巻きの士官や水兵さん達がそう云っていたから本当でしょうよ。もっとも学者だっていうけど、あんたと違って歌も知っているし、音楽も出来るし、お酒はいくら飲んでも平気だし、ダンスでも賭博《ばくち》でも、あんたよりズット巧かったわ……それからもう一つ……お話がトテモ上手だったの。イイエ。そんな六箇敷《むずかし》い話じゃないの。それあステキに面白い……トテモ恐ろしい恋愛の話よ。ヤングはその方の学者だって、自分でそう云っていた位だわ。
 ……ええ……そのヤングは軍艦が浦塩《うらじお》に着くと間もなく、このオブラーコの舞踏場へ遣《や》って来て、一番最初に妾を捉《つか》まえて踊り出したの。そうしたら妾の身体《からだ》が、ヤングの半分位しかなかったもんだから、一緒に来た士官や水兵さん達が、みんなでワイワイ冷やかして、ピューピュー口笛を吹いたりしたの。……そうしたらヤングも一緒になって笑いながら、妾をお人形さんのように抱き上げて、この室《
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