の申付《もうしつけ》で御座いまして……」
「……そうか。それならば余儀ない」
 平馬は鳥渡《ちょっと》、妙に考えたがそのまま、女に跟《つ》いて行った。女中は本降になった外廊下を抜けて、女竹《めだけ》に囲まれた離座敷《はなれざしき》に案内した。
 十畳と八畳の結構な二間に、備後表《びんごおもて》が青々して、一間半の畳床には蝦夷菊《えぞぎく》を盛上げた青磁の壺が据えてある。その向うに文晁《ぶんちょう》の滝の大幅。黒ずんだ狩野派の銀屏風《ぎんびょうぶ》の前には二枚|襲《がさ》ねの座布団。脇息。鍋島火鉢。その前に朱塗の高膳と二の膳が並べてある。衣桁《いこう》にかかった平馬自身の手織紬《ておりつむぎ》の衣類だけが見すぼらしい。
 お小姓上りだけに多少眼の見える平馬は、浴衣がけのまま、敷居際で立止まった。
「……これこれ女……」
 女は絹行燈《きぬあんどん》の火を掻立てながら振返った。
「そちどもは客筋を見損なってはいやらぬか。ハハハ……身共は始終、この辺を往来致す者……斯様《かよう》な部屋に泊る客ではないがのう……」
「ハイ……あの……」
 女は真赤になって行燈《あんどん》の傍《わき》に三指を突
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