いた。
「……まこと……主人の申付けか……」
「……あの。貴方様が只今お湯に召します中《うち》に、お若いお武家様が表に御立寄りなされまして……」
「……何……若い侍が……」
「ハイ。あのう……お眼に掛って御挨拶致したい筋合いなれど、先を急ぎまする故、失礼致しまする。万事粗略のないようにと仰せられまして、私共にまで御心付けを……」
「……ヘヘイ。只今はどうも……飛んだ失礼を……真平《まっぴら》、御免下されまして……」
五十ばかりの亭主と見える男が、走って来て平馬の足元に額を擦り付けた。
「……また只今は御多分の御茶代を……まことに行き届きませいで……早や……」
平馬は突立ったまま途方に暮れた。使命を帯びている身の油断はならぬ……が、志の趣意は、わかり切っている。最前の若者が謝礼心《れいごころ》でしたに相違ないことを無下《むげ》に退《しりぞ》けるのも仰々《ぎょうぎょう》しい……といってこれは亦《また》、何という念入りな計らい……年に似合わぬ不思議な気転……と思ううちに又しても異妖な前髪姿が、眼の前にチラ付いて来た。
「……どうぞ、ごゆるりと……ヘイ。まことに、むさくるしい処で御座います
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