が……」
 と云ううちに亭主と女中が退《さが》って行った。
 平馬は引込みが付かなくなった。そのまま床の前の緞子《どんす》の座布団にドッカと腰を下して、腕を組んでいると今度は、美しく身化粧《みじまい》した高島田の娘が、銚子《ちょうし》を捧げて這入《はい》って来た。
「……入《い》らせられませ。あの土地の品で、お口当りが如何と存じますが……お一つ……」
 平馬は腕を組んだまま眼をパチパチさせた。
「お前は……女中か……」
「ハイ……あの当家の娘で御座います」
「ふうむ。娘か……」
「……ハイ。あの……お一つ……」
 平馬は首をひねりひねり二三|献《こん》干《ほ》した。上酒と見えていつの間にか陶然となった。
 ……ハテ。主命というても今度は、お部屋向きの甘たるい事ばかりじゃ。附け狙われるような筋合いは一つもないが……やはり最前の若侍が真実からの礼心であろう……。
 なぞと考えまわす中《うち》に、元来屈託のない平馬は、いよいよ気安くなって五六本を傾けた。鯉《こい》の洗い、木の芽|田楽《でんがく》なぞも珍らしかった。
 沈み込む程ふっくりした夜具に潜り込む時、彼は又ちょっと考えた。
 ……これ
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