程の心付けをするとあれば余程の路用を持っているに違いない。友川という旗元は、あまり聴かぬようじゃがハテ。何石取であろう……。
と思ううちに又も、松原を背景にした若侍の面影が天井の火影《ほかげ》に浮かみ現われた。……水色の襟と、紺色の着物と、桐油合羽の黄色を襲《かさ》ね合わせた白い襟筋のなまめかしかったこと……。
しかし、それも僅かの間《ま》のまぼろしであった。平馬はそのまま寝返りもせずに鼾《いびき》をかき初めた。
箱根を越えるうちに平馬は、若侍の事をサッパリと忘れていた。
駿府にはわざと泊らず、海近い焼津から一気に大井川を越えて、茶摘歌《ちゃつみうた》と揚雲雀《あげひばり》の山道を見付《みつけ》の宿まで来ると高い杉森の上に三日月が出たので、通筋《とおりすじ》の鳥居前、三五屋というのに草鞋《わらじ》を解いた。近くに何やら喧嘩があるという横路地の立話を、湯の中で聞きながら旅らしい気持ちに浸っていたが、その中《うち》に気が付くと一人の女中が板の間に這入って来て、今まで着ていた木綿の浴衣を、絹らしいのと取換えている。……ハテ。何をするのか……と見ているとその女中が三指を突いて平馬の顔
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