びて帰国を急ぎまするもの……お志は千万|忝《かたじけ》のうは御座るが……」
「……御尤《ごもっと》も……御尤も千万とは存じまするが、このままお別れ申してはいつ、御恩返しが……」
「アハハ。御恩などと仰せられては痛み入りまする……平に平に……」
「……それでは、あの……余りに御情のう……おなじ御方角に参りまする者を……」
「申訳《もうしわけ》御座らぬが、お許し下されい。……それとも又、関所の筋道に御懸念でも御座るかの……慮外なお尋ね事じゃが……」
「ハッ。返す返すの御親切……関所の手形は仇討《あだうち》の免状と共々に確《しか》と所持致しておりまする。讐仇《かたき》の生国《しょうこく》、苗字は申上げかねまするが、御免状とお手形だけならば只今にもお眼に……」
「ああイヤイヤ。御所持ならば懸念はない。御政道の折合わぬこの節に仇討《あだうち》とは御殊勝な御心掛け、ただただ感服いたす。息災に御本望を遂げられい。イヤ。さらば……さらば……」
平馬は振切るようにして若侍と別れた。物を云えば云う程、眼に付いて来る若侍の妖艶《あでやか》さに、気味が悪るくなった体《てい》で、スタスタと自慢の健脚を運んだ。
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