を承りますると殊《こと》の外《ほか》気の毒がりまして、お相手のお名前は妾《わたし》が存じておりまする。キット仇《かたき》を取って進ぜまするという手紙を添えて、大枚の金子《きんす》を病身の兄御にことづけた……という事が又、もっぱらの大評判になりましたそうで……まことに早や、どこまで間違うて参りまするやら解からぬお話で御座いますが……」
「ハハハ。世間はそんな物かも知れんて……」
「しかし、いか程お江戸が広いと申しましても、それ程に酔狂な女づれが居りましょうとは、夢にも存じ寄りませなんだが……」
「ウムウム。その事じゃその事じゃ。何を隠そう拙者も江戸表に居る中《うち》にそのような評判を薄々《うすうす》耳に致しておるにはおったがのう。多分、そのような事を云い触らして名前を売りたがっておるのであろう。真逆《まさか》……と思いながら打ち忘れておったところへ平馬殿の話を承ったものじゃから、実はビックリさせられてのう。あんまり芝居が過ぎおるで……」
「御意に御座いまする。もっともあの女も最初は、まだ評判の広がらぬ中《うち》に、御免状とお手形を使うて、関所を越えようという一心から、敵討《かたきうち》に
前へ
次へ
全48ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング