扮装《いでた》ったもので御座いましょう。それから関西あたりへ出て何か大仕事をする了簡ではなかったかと、あの時に推量致しましたが……」
「いかにも――……ところが佐五郎どの程の器量人に逐《お》われるとなると中々尋常では外《はず》されまい。事に依ったらこの方角へ逃げ込んで来まいものでもない。しかも当城下に足を入れたならば、何よりも先に平馬殿の処へ参いるのが定跡《じょう》……とあの時に思うたけに、一つ平馬殿の器量を試《た》めいて見るつもりで、わざっと身共の潔白を披露せずにおいたものじゃったが。いや……お手柄じゃったお手柄じゃった……」
「まことにお手際で御座いました」
「ハハハ……平馬殿はこう見えても武辺一点張りの男じゃからのう……」
二人は口を極めて平馬を賞め上げながら盆《さかずき》を重ねた。酌をしていた奥方までも、たしなみを忘れて平馬の横顔に見惚《みと》れていた。
しかし平馬は苦笑いをするばかりであった。燃え上るような眼眸《まなざし》で斬りかかって来た女の面影を、話の切れ目切れ目に思い浮かべているうちに酒の味もよく解らないまま一柳斎の邸を出た。
青澄んだ空を切抜いたように満月が冴え
前へ
次へ
全48ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング