馬殿に申し含めて、斯様《かよう》に引止めさせた訳じゃが……門弟共の心掛にもなるでのう」
「身に余りまするお言葉、勿体のう存じまする。幅広う申上げまする面目も御座りませぬが、初めて石月様のお物語を承っておりますうちにアラカタ五つの不審が起りました」
「成る程……その不審というのは……」
「まず何よりも先に不審に存じましたのは、仇討《あだうち》に参いる程の血気の若侍が、匂い袋を持っていたというお話で御座いました。まことに似合わしからぬお話で……これは、もしや女人《にょにん》の肌の香《か》をまぎらわせるためではないかと疑いながら承わっておりますると案の定、それから後《のち》の石月様の心遣いに、女ならでは行き届きかねる節々が見えまする……これが二つ……」
「尤も千万……それから……」
「三つにはその足の早さ……四つには、その並外れた金遣い、……それから五つにはその眼を驚かす姿の変りようで御座りまする」
「いかにものう……恐ろしい理詰めじゃわい」
「ザッと右のような次第で、つまるところこれは稀代の女白浪《おんなしらなみ》ではあるまいか。さもなければお話のような気転、立働らきが出来る筈はないと存じ 
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