お》い詰めて参いったとあれば、大目附でも言句《げんく》はない筈じゃからのう……殊更に御老中の久世広周《くぜひろちか》殿も、お役御免の折柄ではあるし、迂濶な咎め立てをしようものなら却って無調法な仇討《あだうち》免状が表沙汰になろうやら知れぬ。思えば平馬殿は都合のよい『生き胴』に取り当ったものじゃのう。ハッハッハッ……」
 酌をしていた奥方が、心から感心したように平馬の顔を見てうなずいた。
「……あれからこの四五日と申しますもの、御城下では平馬殿のお噂ばっかり……」
「うむうむ。そうあろうとも……イヤ。天晴《あっぱれ》で御座ったぞ平馬殿。あの時に、どう処置をされるおつもりかと聞いたのはここの事じゃったが……ハッハッ。よう見定めが附いたのう。佐五郎殿。そうは思われぬか……」
「御意《ぎょい》に御座います。先生様の御|丹精《たんせい》といい、その場を立たせぬ御決断とお手の中《うち》……拝見致しながら夢のように存じました」
「うむうむ。然るにじゃ。あの女の正体を平馬殿の物語りの中から見破って来た、佐五郎老体の眼鏡の高さも亦、中々もって尋常でないわい。実はその手柄話を聞きたいが精神《こころ》で、平
前へ 次へ
全48ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング