申しますお頼み申しますお頼み申します……」
 という性急な案内の声を他所《よそ》事のように聞いていた。
 一柳斎は伸び伸びと肩を上げてうなずいた。
「いや。無事にお届が相済んで祝着この上もない……まず一献《いっこん》……」
 贋《に》せ侍斬りに就いて大目附へ出頭した紋服姿の石月平馬と、地味な木綿縞《もめんじま》に町の低い役袴《やくばかま》を穿いた三五屋、佐五郎老人が、帰り道に招かれて夕食の饗応《もてなし》を受けていた。大盆を傾けた一柳斎は早くも雄弁になっていた。
「……のう……一存の取計らいとはいう条、仮初《かりそめ》にも老中の許し状を所持致しておる人間じゃ。無下《むげ》に斬棄てたとあっては、無事に済む沙汰ではないがのう……お江戸の威光も地に墜ちかけている今日なればこそじゃ。それに又、佐五郎老体の言葉添えが、最初から立派であったと云うからのう。番頭《ばんがしら》の筆頭が感心して話しおったわい」
「どう仕りまして……無調法ばかり……」
「いや。なかなかもって……お関所破りの贋《に》せ若衆とあれば天下の御為に容易ならぬ曲者《くせもの》と存じ、当藩の役柄の者に付き纏うところを、ここまで逐《 
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