んだ若侍の姿がスルスルと後《あと》へ下がった。……それは云い知れぬ思いに燃え立つ妖火のような頬の輝やき、眼の光り……と見るうちに懐中《ふところ》の匕首《あいくち》、抜く手も見せず、平馬の喉元へ突きかかった。
「……アッ。心得違い……めさるなッ」
危うく右へ飛び退《の》いた平馬は、まだ居住居《いずまい》を崩さずに両手を膝に置いていた。
「……乱心……乱心召されたかッ……讐仇《かたき》は讐仇《かたき》……身共は身共……」
と助けてやりたい一心で大喝した。
一方に空を突いた若侍姿はモウ前髪を振り乱していた。とても敵《かな》わぬと観念したらしく、平馬の大喝の下《もと》に息を切らしながら眼を閉じたが、又も思い切って見開くと、火のような瞳を閃めかした。
「……ヒ……卑怯者ッ。その讐仇《かたき》を討つのに……邪魔に……邪魔になるのは貴方一人……」
「……エエッ……さてはおのれ……」
「お覚悟ッ……」
という必死の叫びが、絹を裂くように庭先に流れた。白い光りが一直線に平馬の胸元へ飛んだが、床の間の脇差へかかった平馬の手の方が早かった。相手が立ち上りかけた肩先を斬り下げていた。
その切先《きっ
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