越えてみますれば……狙う讐仇《かたき》の一柳斎は……貴方様の御師匠さま……」
 平馬をマトモに見上げた顔から、涙が止め度もなく流れ落ちた。その身内の戦《おのの》かしよう……肩の波打たせようは、どう見ても真実こめた女性の、思い迫った姿に見えた。
 平馬は地獄に落ちて行く亡者のような気持になった。乾いた両眼をカッと見開いて、遠い遠い涯てしもない空間を凝視していた。
 その眼の前に泣き濡れた、白い顔が迫って来た。噎《む》せかえる女性の芳香《かおり》と一所に……。
「……それで……それで……妾は……貴方様のお手に掛かりに……まいりました」
 ハッとした平馬は二尺ばかり飛び退《の》いた。
「……ナ……何と……」
「……妾は、父の怨みを棄てました、不孝な女で御座います。小田原の松原からこのかた、あ……貴方様の事ばっかり……思い詰めまして……」
「……エエッ……」
「……お……お慕い申して参りました。討たれぬ……討っては成りませぬ仇《かたき》とは存じながら……ここまで参いりました。せめて貴方様の……お手にかかりたさに……一と思いの……御成敗が受けたさに……受けとうて……」
 と云ううちにキッと唇を噛
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