うな気がすると同時に、又も、眼の前が真暗になって来たので、吾れ知らず二通の手紙を握り締めた。自分の恩師を不倶戴天の仇《あだ》と狙う眼の前の不思議な女性を睨み詰めた。
その時に若衆姿の女性が、やっと顔を上げた。平馬の凄じい血相を見上げると、又も新しい涙を流しながら唇を震わした。
「……御覧の……通りで御座います。兄も……弟も労咳《ろうがい》で臥せっておりまする中にタッタ一人の妾《わたくし》が……聊《いささ》か小太刀の心得が御座いますのを……よすがに致しまして、偽りの願書を差出しました。……そうして……そうして、お許しを受けますと……御免状の通り男の姿に変りまして……首尾よく箱根のお関所を越えました。それから他人《ひと》様に疑われませぬように、色々と姿を変えまして、どうがな致してこの思いを、貴方《あなた》様にだけ打ち明けたいと、心を砕きました甲斐もなく、関所破りの疑いをかけたらしい腕利きの老人に、どこからともなく附き纏われまして生きた空もなく逐《お》い廻わされました時の、怖ろしゅう御座いましたこと……それから四国路まで狭迷《さまよ》いまして、千辛万苦致しました末、ようようの思いで当地に立
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